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『兵庫県神道青年会』とは、兵庫県内の40才未満の青年神職によって構成されております。
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 平成17年4月、兵庫県神道青年会は井上優会長の下、2年後に控えた再建40周年へ向けて準備を始めた。
再建40周年記念事業企画第1特別委員会と第2特別委員会が組織され、飯森第1特別委員長と、林垂栄第2特別委員長が配属された。
また委員会メンバーには、各委員会から出向者を迎えることとなった。
 まず合同委員会で話し合われたのは、40周年を迎えるまでの2年間で、記念事業をどのように展開するかであった。
井上会長からは対外的な事業、対内的な事業を企画立案してほしいという依頼があり、また歴代会長にも集って頂く場を提供したいとの強い要望が出された。
 対外的な事業は当初、子供を対象にした自然教室であるとか、紙芝居の作成などの意見が出された。
しかし、林則宏君から「淡路の若人の広場について何らかのアクションを起こしたい」との意見が出され、
当時、淡路島映画祭開催の話も舞い込んでいたことから、「若人の広場の惨状を訴える映画」を製作することとした。
 製作に当たっては、映画祭までの期間が大変限られていたことから、林則宏君と私でシナリオの作成、撮影・編集などに当たらせて頂いた。
その際、伊弉諾神宮の本名宮司様をはじめ職員の皆様には本当にお世話になった。この場をお借りして感謝申し上げたい。



 一方、対内事業は、担当副会長であった私の強い意志を持って進めさせて頂いた。「神社界はこのままでいいのかな?」というのが、



企画のきっかけであり、様々な業種の方にお出ましいただき意見を聞く場をもつこととした。
進行方法は読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」を参考にし、
仏教・キリスト教・国会議員・企業経営者・まちづくり関係者・主婦・女子大生という顔ぶれをもって
「兵庫神青そこまで言って委員会!?」を開催した。シナリオのない討論会であり、コーディネートは困難を極めたが、
各方面より評価をいただけた。また神青の教化担当者がこの討論会を参考に、教化活動を展開していただけると聞き嬉しく思っている。
 そして記念誌作成に関しては林垂栄委員長が、これまでにない記念誌作成へ向け、突っ走った。途中中休みがあったものの、
しっかりと期日までに、しかもこれまでにない誌面、そして付録でDVDをつけるなどの工夫を凝らした。
 特に平成18年4月に歴代会長懇話会を開催したことで、40年の歴史を紐解く作業を事前に行えたことが大きかった。
また紐解いたことで、青年会活動を継続していくことの重要性を感じさせられることとなった。
歴代会長にもほぼ全員にご参加いただくことができた。これは各担当が歴代会長宅まで伺い、趣旨を説明しご出席をお願いするという努力をした成果であり、
今後も同様の事業を行う際にはご配慮願いたい。

記念式典1

 記念式典は、湊川神社の栃尾宮司様のご理解により神能殿で行うことが出来た。再建の地で40周年の節目を迎えられたことは本当に感慨深い。

祝宴1

また祝宴では感動のシーンを目の当たりにした。それは祝宴開始後30分間、会員の席に誰一人として座っていなかったことだ。
各会員が来賓者にご挨拶にまわっていたことは、祝宴での「おもてなしの心」を強調しておられた井上実行委員長の思いが、会員全員に伝わった瞬間でもあった。
 約2年間にわたった再建40周年に関する事業や式典。本当に色々と勉強させていただいたし、好き勝手やらせていただいた。
また「嫌」と言わず付いてきてくれた記念事業担当の皆さんに感謝申し上げたい。ありがとうございました。。

再建40周年記念事業 担当副会長 江田政亮

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本年は、再建40周年ということもあり記念事業として『兵庫神青そこまでいって委員会・・・?』と称し討論会が行われ
浄土宗の住職・企業社長・地域密着の研究員・キリスト教教師・主婦・女子学生等、普段では集まることのない面々にお集まり頂き
現代社会において神社・神道がどのように見られ感じているのか、内側からでは判らない外側からの意見を様々な視点から頂き、
神社界、或は青年神職にとって今後どのようにして行かなくてはいけないかとの問題提起となった有意義で、白熱した討論会となった。

平成19年4月11日に行われた事業です。
後日、当日の報告を致します。暫くお待ち下さい。
以下、昔の予告編ですが、紹介しておきます。





初詣や、季節毎に行われる祭り、そして初宮詣や七五三参り、厄除け祈願などの人生儀礼で、ほとんどの国民が一度は足を運んだことのある神社他の宗教と違い、地域に密着し、地域の人達によって護持されてきたのも神社の大きな特徴の一つです。

そしてその神社で奉仕する神職。その多くは神職の子として生まれ、神職を養成するための学校で学び、卒業後は神職の道を選び、日々奉仕に努めてきました。

そんな私たちは、今神社の置かれる環境をどのように感じているのでしょうか。信仰心の希薄化、神社本庁の行った調査によると、国民の六割にあたる人が宗教を信じていないと回答しました。また20歳代では七割近くが氏神様を知らないと回答しています。

今がよくても、後20年、30年後に神社を取り巻く環境はどのように激変しているのでしょう。そして氏神・氏子という考え方がある以上、一社の宮司がその激変ぶりを危惧し様々な活動に取り組んでも、「あそこだけが…」と、近隣の神社は嫌がるだけでしょう。やはり神社界あげて、この問題を考えなければならないと思いませんか?

兵庫県神道青年会は40歳までの青年神職の集まりです。つまり40年先、50年先まで神社を護持運営する立場に置かれています。40年先に「あのとき、こうしておけば良かった」と後悔しないためにも、今からできることはやってみませんか。そして何をやるべきかを「兵庫神青 そこまで言って委員会!?」で学んでみませんか。

若人の広場は南あわじ市(淡路島)福良港を見下ろす大見山の高台にあり、大東亜戦争で戦地又は軍需工場などに動員されて亡くなられた20万人余の学徒の御霊を慰霊する為、昭和42年に全国で唯一の施設として建立されました。開設当初こそ多くの来訪者がありましたが、来訪者の激減と財団の杜撰な運営により阪神淡路大震災の被害を口実に、現在閉鎖に追いやられ荒廃を極めています。 平成17年秋に、兵庫神青としては初めて、「全國戰歿學徒を追悼する會」主催にて、平成7年より毎年斎行されている『全國戰歿學徒追悼祭』に会長以下20名がご奉仕致しました。この時、施設の惨状を目の当たりにし、また参列者の方々のお話をお聞きし、「この現状を1人でも多くの方に知って頂きたい」と固く誓いました。 そこで再建40周年にあたり、若人の広場について一般にわかりやすい資料として、自主制作映画「若人の広場は今」を作成し、様々な機会に披露することで、神社界のみならず広くこの惨状を知って頂くことを計画し、多くの国民に目を向けて頂き復興への第一歩を踏み出す事業としたいと考えています。 現在、平成18年8月の淡路島映画祭に出展、10月の神道青年会臨時総会で上映し、多くの方より激励の言葉を頂戴しました。今後は、さらに良いものになるよう、引き続き調査研究を進めています。 兵庫神青だからこそ、やらなければならないという決意を持って、今後も施設の惨状を訴え続けたいと考えております。
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